無力

一夜明けて、悲惨は地獄へと変わってきているようで。

ほぼ確実に情報統制、情報制限はなされているのだろうね。新しい情報が少なすぎる。でも、考えてみれば、当たり前と言えば当たり前で、本当の地獄なんて電波に乗せられる画ではない。「真実を知る権利がある」と誰がどれだけ主張しようが、真実を知らせることで多くの人のさらなる不幸やパニックにつながっていく可能性が高いのであれば、それはやめておいた方がいい。もちろん、情報を制限することで人間の命が危機に晒されるのであれば、それは別の話であり、その情報こそを必要としている人も多いこともまた事実だけど、状況が状況だけにその線引きは実に微妙なところだと思う。


そんななかだけど、昨日は先日書いたサクラショック!をはじめ、知人がメンバーだったり、見たかったバンドが集まったライブがあったから、それを観に行ってきた。

ライブハウスに着いたら募金箱が回っていたよ。もし何もないようであれば、知人を通じて「(募金活動を)やろう!」と自分から提案するぐらいの気持ちで行ったのだけど、込み上げてくる衝動に駆られて先に行動している人たちが居てくれることがすごく嬉しかった。

実は、ライブハウスに到着する前に2度ほど耐えられなくなって涙を流してしまったのだよ。

一度は偶然街でFW19君に出会って、彼が「実は今週末、仙台に行く予定もあったんですよね」なんて言うもんだから。某バンドのほとんど追っかけでもある彼は、そのバンドの週末の仙台公演とJリーグ、仙台-名古屋を観ることを考えていたのだそうだ。結局、別に予定があって、仙台に向かうことはなく、偶然にも名古屋で出会うことになって。彼は「いろんな人に迷惑をかけるところだった」なんて言ってたけど、迷惑かどうかなんて本当に小さなことで、とにかく彼が無事であったことが何よりで、運命なんて簡単に言うものじゃないけど、運と命のつながりを感じたし、「本当に良かった」って心から思ったんだ。

二度目は、ほんと小さなことだけど、原発の状況を伝えるYahoo!の記事のコメント蘭に「自らの危険を顧みず、最前線で戦う職員のみなさんに最大限の敬意を払います」ってコメントを見かけて。

もう本当に嫌になっていたんだ。想像を絶する、常軌を逸した状況に追い込まれて、心が苦しくてしょうがなかった。それなのにテレビでは安藤優子が「こういう事態は想定できていなかったんでしょうか」なんて、犯人探しというか、誰かを悪者にしようとしている。「お前が今、犯人扱いしようと人間は、俺たちを危険に晒さないために、自分の命の危機なんてどこかに置いておいて必死で戦っていてくれているんじゃないのか」って、テレビの中に腕を突っ込んで、胸ぐらを掴み上げてやりたいぐらいだったけど、でもそんなことは叶うはずもなく、やり場のない無力感に駆られていた。そんなときに出会った同じ気持ちに、思わず涙がこぼれてしまった。

昨日のライブは楽しかったよ。でも、心からの底から全部楽しむなんて到底できなかった。心の半分は完全に閉ざされていることに途中で自分で気づいた。それでも再会を喜んだり、友人・知人の無事を確認し、気持ちを分かち合い、ライブハウスという非日常の中で救われることは本当に多かった。それは募金箱の話もしかり。

幸運にも被災することのなかった俺たちには日常があって、明日になればまた仕事に行かなければならない。だから救援活動に行くこともできない。正確に言えば、仕事なんて俺一人いなくても何とでもなるはずで、すべてを放り出して被災地に向かうことだって選択肢としてはあるのだろうけど、実際には、ないも同然である。

そんな人間が何を言ったところでリアルではないかもしれないけど。。。


今、自分の生活を守りつつ何かできることを…と考えたとき、できることと言えば、やっぱり募金ぐらいしかなくて、あまりの選択肢のなさにまた無力感に苛まれる。とりあえず、唯一と言えるできることはしてきたが…何か他にできること、ありませんかね?




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