がんばろう、わたしたちのJRA

「netkeiba.com」の柏木集保氏の月曜版コラムで見つけたこのフレーズに強く心を動かされた。

「がんばろう、わたしたちのJRA」

競馬好きな人間として、こうしてブログまでやっちゃうほど競馬を愛する日本人として、我々もJRAと一緒になって競馬をより良いものにしていこう。そんな気持ちにさせられるフレーズであり、そんな気持ちが集約された“合言葉”だと思う。


どうも。U-KIさんです。
単純な男ですm(_ _)m

明日からはまた仕事に追われる日々になることもあり、今日も更新しておこうと思っているのだけど、その割に今週のG1に関して書けることが何一つない(あってもブーイングのみです)ということで、もう1日ジャパンカップのネタを引っ張ります。また、昨日の内容には書きながら自分でも違和感があったというか、思っていることをうまく言葉にできていない感があったので、今日の更新で訂正ができればいいと思う。


このコラムより、先述のフレーズとともに自分の中に引っ掛かったのがこの部分。以下、引用。

「降着」。ましてGIレースの1~2着馬が着順変更になるような結果は、ファンも、関わる関係者も、裁決委員を中心のJRAも、みんなさまざまに複雑で、直後はもちろん、のちのちまですっきりしないことになる。

まず大前提として、なぜ裁決および審議に至ったかといえば、レース中に不必要に傷ついた人(馬)が不幸にも生まれてしまったから、である。ゆえに、その時点で結果が是でも非でも必ず誰かが傷ついているのであり、その時点でもうすべての人たちにとって心地よい結果とはなりえない。

そうした中で明確にコレと示すことのできる線引きができない基準をもって裁き、決しなければならないさらなる不幸というか難しさたるや、何と言ったらいいものか。結果として加害者が罰せられることになったとしても、それで誰かが救われるわけでもなく、むしろ傷つく者の数を増やしただけのようでもあるのだから、なおさらね。

でも、だからこそ、毅然とした態度が必要なのではないかと思う。

毅然とした態度とは、素早い結審と一貫した裁決と言い換えていいだろう。それを裏打ちする自信こそが、ファンにとっても、関係者にとっても、光となり、拠り所になるのだ。だからたとえ張りぼての自信であったとしても、裁決員およびJRAは前面に建て付けておかなければならない。

先述の通り、絶対とする明確な基準線を持ち得ない中での審議裁決である。とても難しい作業であることはもはや言うまでもない。だからこそ、常にそうした困難と大きな責任に向き合っている彼らには、我々ももっと敬意を払うべきなのではないかと思う。そして、自然と敬意を抱かせてくれるようであってほしい、とも。

私たちは競馬が、日本競馬が大好きなのだ。がんばろう、わたしたちのJRA。わたしたちもより愛すべき競馬のために、こうした媒体からであっても、発信すべきを発信していかなければ。


まぁ、とりあえず、こうして審議を長引かせちゃったときのアナウンスは「大変長らくお待たせいたしました」からだよな。“接客”の基本。ちゃんと言ってるっけ?覚えがないんだけど。

ていうか、まさか柏木集保氏の言葉にこんなにも心を動かされる日が来るとは思わんかったわ(苦笑)
でも、改めて俺も人の心を動かせるような物書きになりたいと思ったよ。仕事じゃないんですけどね(笑)






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2 Comments

U-KI@管理人  

>ニセ社長さん
わざわざありがとうございますm(_ _)m
言っているような気はしているんですけどね。
今日は耳を澄ませておくことにします。
まぁ、審議などないことが一番なのですが。

2010/12/04 (Sat) 11:00 | EDIT | REPLY |   

ニセ社長  

「お待たせいたしました」は審議結果発表の際はいつも言っていたような記憶があります。

2010/12/02 (Thu) 00:07 | EDIT | REPLY |   

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