酒井法子と武豊

今秋に発売された「Number」秋競馬特集号に「サンドピアリス 単勝43060円と酒井法子」という衝撃的なタイトルのコラムが掲載されていた。

そのコラムでは、サンドピアリスがエリザベス女王杯で驚愕の大波乱を起こしたその日、京都競馬場ではお昼休みに20年後の夏に大騒動を起こすことになる酒井法子のミニコンサートが行われていたという話から始まり、サンドピアリスにしても、酒井法子にしても、人の気と書く人気というものが所詮は幻想に過ぎないということを体現したのであり、また我々は自らが押し付けたレッテルが突き破られたことに驚いているのだ、とまとめている。

よもや20年来の衝撃が、今年またエリザベス女王杯で走ることを予期していてこのコラムが書かれたわけではないだろう。ましてや、この夏の酒井法子のように、あの日シャダイカグラで馬群に埋もれていった武豊が、同じように失墜することになることなど…。

“ユタカの恋人”と呼ばれたシャダイカグラのケガが武豊の最初の「失恋」だとするならば、ウオッカとの別離は最後の失恋とでも位置付ければいいだろうか。彼女から去っていったわけでもなく、彼が彼女から降りたわけでもなく。彼女の父親から冷徹に告げられた別離は、最後の失恋にして、彼にとって初めての形だったに違いない。

思えば、日本競馬最大の幸福は彼とオグリキャップとの“出会い”によって彩られている。そして、そんな幸福な出会いこそが武豊の武豊たる所以と言われている。だとすれば、この冷徹な別離は武豊が武豊ではなくなったことを意味するのだろうか。そう言ってしまうのは悲しいのだけれど。

あれから20年。ノリピー語を馬鹿馬鹿しくも微笑ましく思っていた頃、20年後の覚醒剤と逃亡劇を予測した人が誰もいなかったように、オグリコールの喝采の中で、新しい彼と新しい幸せに辿り着いた彼女と傷心の武豊を思い描いた人は一体どれだけいただろう。

皮肉にも、その「Number」の巻頭では、武豊がウオッカに描く夢を語っていた。

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