デイヴィッド・ベッカムと中村俊輔

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唐突なんだけども、私が一番好きなサッカー選手って、ベッカムなんですよね。

まぁ、「ヒネクレ者なのに意外」と思う人も「基本ミーハーだからありがち」と感じる人もいるだろうけど。

とにかく彼は本当にチームプレーヤーなんですよね。一見派手な存在だからプレーぶりも大味かというのがよく誤解されるところで、実際にレアル・マドリー時代にカペッロと確執が生じたりもしたんだけど。でも、実際の彼は、自分を犠牲にしてチームの勝利のためによく走る。地味な仕事も怠らずやる。そんな、派手なルックスやプライベートとは裏腹なプレースタイルが、俺は大好きなのね。

で、何でわざわざそんな話を持ち出したかというと、今日は中村俊輔の話がしたいから。

ベッカムと中村俊輔って、すごくよく似たサッカープレーヤーだと思うんですよね。精度の高いプレースキックとロングパス。そして、献身的なそのプレーぶり。本当によく似ていると思う。

もうすっかり有名な話だけど、日本代表チームのなかで試合中にもっとも走っている距離が長いのは俊輔なんだよね。チームのエースであり、一番うまい選手でありながら、一番労を惜しまない。その姿勢だけでも、その背中を見せ続けるだけでも、日本代表にとって彼はかけがえのない存在だと私は思う。

それだけに、このところしばしば耳にする“俊輔不要論”なるものに大いなる違和感を覚える。率直に言って、批判されるのがなぜ俊輔なのか、理解できない。

一番走る。労を惜しまない。となれば、疲労するのは当然だ。疲労は集中力や判断力の低下を招くし、プレー精度も落としていく。要するに、俊輔のそのマジメなプレースタイルが、彼の能力を蝕んでいるのだ。

またその一方で、俊輔より巧くないにもかかわらず、俊輔よりも走らない連中がいる。個人プレーを選んだあげく、俊輔に走らせることを強いるヤツがいる。本来ならば批判されるべきは彼らではないのか、とは言わない。しかしながら、もし彼らが俊輔の“走る”という部分を少しでも代わりに背負ったならば、俊輔のプレーは今以上に輝くのではないか、とは思う。俊輔の才能は他の誰かが取って代われるものではないけど、彼に強いている負担は彼以外の誰かが負ったって構わないのだから。

先ほど「批判されるのがなぜ俊輔なのか、理解できない」と書いたが、あれはウソだ。申し訳ない。
批判される理由、そんなもの、はっきりしている。「彼がエースだから」に他ならない。

エースなんだからすべてを背負うべき。もしかしたら、そう言う人もいるかもしれない。たしかにそうだ。その通りだと思う。だけど、実際問題、1試合を通して献身的に働いて、なお決定的な仕事もしてチームを勝利に導くプレイヤーが、世界中を探して、いったい何人いるだろう。少なくとも私には、ラウル・ゴンサーレスとウェイン・ルーニーしか見当がつかなかった。だけど、見つけてみて、そんな彼らだからこそ、レアル・マドリーとマンチェスター・ユナイテッドのエースなのだと、改めて思った。

残念ながら、俊輔はラウルでもルーニーでもない。それでも、彼が日本代表のエースだ。エースであるがゆえに批判にさらされるのは仕方ない。だけど、W杯最終予選初戦のバーレーン戦でチームをプレッシャーから解放する早い時間の先制点を決めたのは、ホームのバーレーン戦で事実上本戦出場を決めるゴールを決めたのは、いったい誰だと思ってる?

私には、俊輔のいない日本代表など考えられない。

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