秋天の余韻

立ち読みに行った本屋で表紙を見たら、衝動的に「優駿」を買ってしまった。

過去に「優駿」を買った記憶は中学生か高校生の頃に一度あるくらい。毎月立ち読みはしているが、二度と購入することは媒体だと思っていた。それがこんなことになったのは、やはりあのレースの“吸引力”だろう。

非常にばかばかしい話だが、11月2日以降、何度も秋天のVTRを再生してはそのたびに震え、「Number」や「サラブレ」を立ち読みをすれば、その場にしばらく立ち尽すということを繰り返している。そして、毎度「アホだなぁ(苦笑)」と自分を自分で笑っている。でも、毎回すごく幸せだなぁと思う。

あの日あのとき、その人がどこでレースを見たか、誰と見たかによって、何を思い、何を感じたかは変わる。だが、そのすべてがそれぞれ一つのドラマになる。いくつもの記事に接し続ける中で、第138回天皇賞はそんな力をも持っていることを私は知った。

「Number」での阿部珠樹氏の情景描写に印象的なものがある。

「レースが終わって30分ほどが経ったころ、場内のモニターに天皇賞のレースが映し出されていていた。ダイワスカーレットを先頭に馬たちが4コーナーを回り、直線を向く。カメラが切り替わり、最後のスパートに入るダイワスカーレットを映し出すと、モニターを見ていた20人ほどが、まるで申し合わせたように、一歩、モニターににじり寄った。つい30分前に自分の目で見たレース。もう結果は出て、払い戻しも発表されたレースなのに、一歩にじり寄って見ないではいられないレース。その吸引力に驚いた。」(抜粋)

私もまたその力に引き寄せられて離れられない一人。あれから3週間が経ってなお、魅力は色褪せることなく、むしろそのドラマに触れるたびに色鮮やかになっていく。
スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment