本当にお疲れさまでした

高橋尚子が現役引退を正式発表「陸上人生に悔いなし」(スポーツナビ)

他を圧倒する爆発力。日本人女性初の陸上金メダリストであり、ワールドレコードホルダー。その記録もそのパフォーマンスもたしかにスゴかった。だけどオレは、この人が本当にスゴかったのは、小出氏からの独立の決断、そしてその後の自らトレーニングチームを率いての挑戦だったと思う。

何がそんなに彼女を突き動かすのだろう。ずっとそんな思いで見つめてきた。

この人にはタイトルの数とか記録なんてきっと関係ないんだろうな。いや、関係なくはないんだろうけど。もちろん、それらをすべて手にしてしまっているから、ということもあるはず。だけど、それもすべて含めて、彼女が本当に求めているものは、彼女にとっての本当の価値というものが、もっと違うところにあるから、なんだと思う。

独立した後のレースをまともな状態で走れたことはたったの一度もない。06年の東京は勝利したけど、それ以外のレースでは大きな失望を伴う失速が続いた。そしてそのたびに、「プライベートチームでは限界」「ちゃんとしたコーチがいれば」という声が上がった。

おそらく、そう言われるように、引き続き小出さんの指導を受け続けたなら、表彰台の上でトレードマークの笑顔を振りまく回数も増えたと思う。でも、そこに価値を見出していない人間にとって、それで本当に笑えるの?

「あの人は輝いている」と人は言う。スポットライトに当たっているとき。その下で笑っているとき。でも、他人にとって輝いて見えたとしても、その人にとって本当に幸せなのだろうか?必ずしもそうじゃないこともあるのでは?最近、そんなことをよく考える。

折りしも、ポスト・オリンピックシーズン。谷亮子選手や北島康介選手をはじめ、オグシオのシオちゃんなど、多くのアスリートの進退が取り沙汰されている。それを見ると、そんなことを思う。

人は「活躍しているところをもっと見たい」と言う。
「プレーしているときが一番輝いているよ」と言う。
「…無責任なもんだよ」と思う。

おそらく、他人から見て輝いていることは、本人にとっては、必ずしも幸福ではない。泥だらけになっても、傷だらけになっても、その結果、多くの人に見放されても、自分で決めたことを貫き通したなら、それはきっとタイトルを手にすることより価値がある、はず。

「悔いはありません」なんてことはないだろう。でも、Qちゃんは幸せだったんだろうな。それがたとえ他人から見たものだとしても-。

本当にお疲れさまでした。
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