割に合わない仕事

WBC、監督人選は持ち越し(時事通信)
垣間見える責任分散=難航する監督選び(時事通信)

そりゃ、誰もやりたくないだろう。誰にもやらせられないだろう。
当たり前だ。こんなに割りに合わない仕事はないのだから。

とにかく責任も期待も大きすぎるのだ。本来あるべき正当な期待値ははるかに超え、今や最大成果以外は求められていないというか、それ以上を求められているようにさえ見える。そして、それを裏切るようなことになれば何十人、何百人を残忍に殺した犯人のように扱われるのだ。そんな役、誰もやりたくないに決まっている。もし勇気と野心を持って自ら手を挙げた人間がいたとしても、その行為は決して称えられることなく、ましてや手を挙げなかった臆病者が非難の的となることもない。ターゲットとなるのは、そいつなんだ。

こんなアンバランス、おかしくないか!?
でも、これが今の日本のスタンダード。
誰もが日々普通に接している現実なのだ。

昨日行われたサッカーW杯南アフリカ大会アジア地区予選。ウズベキスタンを相手にホームで引き分けてしまったことで、監督の岡田の解任・更迭を求める声はまず間違いなく高まってくるだろう。ちょうどいいサンプルが今ここにある。

北京五輪以来、あまりにフェアではない論議にオレは嫌気がさしている。野球やサッカーについて、ああでもない、こうでもないと意見を言い合うのは本来楽しいことのはずだ。だが、今、それがつまらなくてしょうがない。
たかがサッカーなんだよ。たかが野球なんだよ。勝ったからといって世界が変えられるわけでもないし、負けたからといって世界が終わるわけでもない。でも、今飛び交っている話はそんなレベルのように思える。

その昔、過大な期待を背負った円谷幸吉は、その期待に応えられないことを知ったとき自ら命を絶ちました。
あれから40年。またこの悲劇を繰り返しますか?

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