「女房役」とはうまいことを言う

日曜はライブに行くため、電車の時間に合わせて外出。スプリングSまで家で見て、阪神大賞典はカーラジオで。
ラジオの実況アナが「1周目のスタンド前をまるでキャンターのようなペースで通過していきます」と言うので、笑いつつも、「さすがにそれは失礼だろ」とツッコんでいたのだが、映像を見てみると、なるほどあれはキャンターだな(笑)
でもあれは、「自信があった」という瞬発力を存分に生かすべく、2番手からこれでもかというほどスローペースを作った岩田の好騎乗と言えるだろう。内ラチ沿いを全く離れなかった藤田もさすがである。

話は変わるが、先週発売された「Number」に掲載されていた「山井大介 未完の完全試合」を読んで、私は不覚にも泣いてしまった。書かれていたのは、あの昨年の日本シリーズ第5戦とその後。揺れ動き続けた彼の心だった。

パーフェクトゲームでの日本一と、チームの日本一。逃した快挙もとてつもなく大きかったが、手に入れたものもまた大きかったがゆえ、彼は苦悩していた。どうすることが正しかったのか。自分の決断は正しかったと思っている。でも、そのことに自信が持てず、揺らいでいた。
そして、続投すべきか継投すべきか、騒がしい周囲の声が傷つけていた。「そんなことは自分が一番知りたいのに」。そう叫びたかったに違いない彼の心のうちを思うと、知らず知らずのうちに涙が出ていた。彼の感じた孤独を思うと、胸を締め付けられるような思いがした。
別に「最後まで自分が投げる」と主張することもできただろう。でも、彼の性格はそれを選ぶことができなかった。そして、その性格がゆえ、苦悩は深かった。そう思うと、また泣けた。

しかし、葛藤していたのは山井だけではなかったにちがいない。山井に交代か続投かを問うたピッチングコーチの森も、後を受けた岩瀬も、そして本人は決して認めないだろうが、監督である落合も間違いなくそうだろう。
「まだ第5戦、続投させて打たれて負けてしまったとしても、まだあと2戦あったではないか」
「ピッチャーの本当の気持ちを自分は汲めていたいたのだろうか」
「交代を辞退して快挙をプレゼントすべきだったのでは」
彼らもまた、どうすることが一番正しかったのか、自問自答したことだろう。あの試合を最後にシーズンオフになったため、その数は果てしなく、きっとそのたびに「自分の決断は正しかった」と自分に言い聞かせ続けていたはずだ。

そしてこれは、野球だけではなく、競馬にも同じことが言える。
話を阪神大賞典まで戻す。

自らの勝利のために徹底的にスローペースを作り出した岩田。
長期休養明けの前走が16着でどれだけ走ることができるのか手探りだったアイポッパー。
昨秋の激走の疲れを癒すべく一旦完全に緩められて、まだ体調が戻り切っていなかったポップロック。
出遅れを取り戻すためにすでに他馬より脚を使っていてそれ以上は動くわけにはいかなかった四位。
「次の天皇賞を見据えたレースを」と指示を受けていた川田。
・・・。

皆それぞれに思惑があって、ただ勝ちたいだけではない何かを背負って走っている。しかしながら、それは決して理解されることなく、「つまらない」の一言で全否定されることさえある。彼らもまた、何と孤独なことか。

山井は納会のときに谷繁に「最後は岩瀬でよかった」と声をかけられたことで救われたという。そしてもう一人、最も身近にいる人間が、野球好きの奥さんが「あれでよかったんじゃない」と言ってくれたことが「ありがたかった」そうだ。

では、ジョッキーたちを救うものは一体何なのだろうか。それを考えたとき、私はまた胸にグッと込み上げるものを感じた。

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